2004年01月06日
2004年01月06日
Java1.5 alpha
虎の穴
、
MetadataってのはC#のAttributeみたいなもんらしい。 JavaGenericsのCollectionはやっぱ要素アクセスするとき型チェックするんだろうか。まあどーでもいいか…
komusi-より
komusi-より
確かに受験は人生の分岐点になる重要な場面だと思うけど、そのために何かを犠牲にするというのは余りにも悲しすぎる。もともと私は「過去の業績によって今の自分がある」みたいな人生を一つの線でしか考えない主義は大っ嫌いなのだ。だから将来の自分のために受験をするんだとかいうやつは張り倒したくなる。所詮受験なんて一種の遊びなんだから。勉強なんて遊びなんだから。精一杯楽しまなくっちゃ。快楽主義じゃないけど、やっぱり今が楽しくないとつまらないよ。つらい過去があったから今の自分がある、なんてのは嘘っぱちさ。
いいこというなーこの人。 「汝の人格および他のあらゆる人の人格のうちにある人間性を、いつも同時に目的として扱い、決してたんに手段としてのみ扱わないように行動せよ。」なーんてことをカントとかゆー人は言ったそーだ。総じて倫理にでてくるえらい人々のおっしゃる言葉はどのレベルで抽象化した話なのかつかみにくい。仮言命法と定言命法の違いだってびみょーだ。何が直接的なもので、何が間接的なものか、なんて区別のつけようが無い。 大学に受かって将来安泰になるためだけに勉強するのはよくなくて、純粋に勉強をし教養を高めるという目的を伴っていなくてはいけない。でも勉強により教養を高めるというのは本当に純粋な動機だろうか。やはりそれも単になにか他のものへの手段に過ぎないのではないか。 自分は何のために大学へいくのか。その目的とするところのものは、一体どんな目的のためへの手段なのだろうか。今わかる範囲で簡単にかんがえると、そこにはそういったもろもろの相関関係のみが実存する。それをどうとらえるかはとても難しい話。答えなんてないって言い切ってしまうのは簡単なこと。そして、そんな中に自分という存在はいて、日々を生きている。 こんなことを考えてると、別に大学いかないのもいいかもなーとか一年ぐらい浪人したいなーとかいう気分になってくるけど。社会的にまともな人間になるには、誰かさんのいったよーに宗教しかないのだろうか。ともおもう今日この頃。
LHAとZIP
LHAとZIP
査収